代行日記~ギーズミ森さん編~「聞こえなくても」コミュニケーションをとる方法。その難しさ。

こんにちは。流です。

と、言いたいとこですがギーズミの住人さんによる代行日記となります。今回は自分が聞こえないやつとして来たことにいろいろ感じた森さんです。以下どうぞ。


ギーズミ代行日記 「聞こえなくても」コミュニケーションをとる方法。その難しさ。

「聞こえないやつ」流さんがギーズミ(ギークハウス藍住。徳島県にあるギークハウス)に来て早1ヶ月。耳がほとんどまったく聞こえない人がやってくると聞いて、やはり最初に考えたのは「コミュニケーションどうするか」だった。

題:とにかくみみがきこえないんだ 作:そよちゃん

 

音声会話はできない。じゃあ、手話か? 知らない。手話を知ってる人はギーズミには一人もいない。これは文字通り「一人も」で、流さん自身も手話を知らなかった。え? 聴覚障害者って皆手話を使うのでは?と思っていた人もいたので、このこと自体が驚きでもあったのだけど、手話は使えない、使わないと。

筆談用のボードもあるのだが、筆談はいかんせん遅い。流さんに言わせると「だいたい音声会話の20倍くらい遅い」そうだ。

というわけで、必然的に消去法で、流さんとのコミュニケーションはLINEやFacebookメッセンジャー、twitterのDMなどのメッセージチャットでのやりとりがメイン、ということになる。実際、流さんもメッセージチャットでのやりとりを望んでいた。

ところが、これもやってみると簡単ではない。今日は「聞こえないやつ」とのコミュニケーションの難しさについて書いてみたい。もちろん、それは「聞こえないやつ」が悪いわけではまったくない。ぼくらの社会が勝手に「フツー」として前提していることが、いかに一部の人間に負担を押し付けているか、という話だ。

1.文字入力の遅い人が多い

これだけSNSが普及し、ほとんどの人がLINEで四六時中やりとりしてるこの現代でも、音声でのやりとりに比して、文字でのやりとりはそれでも圧倒的に、どうしても、遅い。

ギーズミでは皆、スマホかタブレットかパソコンを持って、文字でのやりとりをしていたのだが、パソコンとスマホを比べるとスマホは文字入力が遅いし、スマホしか持ってない人も多い。というか、あんまり普段パソコン触ってない人もいるし、スマホでの入力、文字数、結構限界ある。

見てたら、若い人でもフリック入力できない人も結構いて、いや、できないっつーか「フリックって何ですか」という人もいて、フリック入力ない、スマホメインの文字入力で、日常会話をするって、結構厳しいところがある。

2.文字入力はスタミナがいる

仮にスピードや情報量がなんとかなったとしても、慣れてない長時間の文字入力は体力的にかなりキツイ。ギーズミでも見ていたら、最初は皆、チャットでカチャカチャやってるのだけれど、1時間、結構頑張って2時間も経つと、自然と音声でのやりとりが増えていた。

ぼくは98年頃からインターネットをしていて、常にチャットルームに入り浸っていたので、チャット経験はそれこそ鬼のようにある人間だ。twitterでも普通の人が見たら廃人か!?ってくらい投稿しまくってる。仕事で文章を書くこともあるから、タイピングにも慣れてる。1日に1万字2万字書きまくったこともある。

それでも会話を文字で続けるのは結構疲れる。疲れると自然と「口数」が減ってしまう……。

3.メッセージのプラットフォームがバラバラ

地味だが実にめんどくさいのがメッセージチャットをするプラットフォームの問題。

「LINEは使ってるけどフェイスブックやってない」

「Facebookメッセンジャーはやってるけど、LINEは……」

「twitterはアカウントあるけど匿名なので知られたくない」

みんなバラバラなんだよなー。これも困る。

4.人が来るたび「仕切りなおし」

さらに、仮に「じゃあ、3人ともtwitterやってるからtwitterでメッセージやりとりしようね!」ってなっても、そこに新しく人が入ってくると、またプラットフォームを調整しなおすことに。

「ごめんなさい、私twitterはやってなくて」

これでまた「じゃあ、Facebookか」「いや、私はFBはやってなくて」「じゃあ、2つ別々のスレッドでやりとりしなくちゃな」ってことになる。

ギークハウスやシェアハウスのような場所だと、人の出入りが多い。

新しく人が入ってくるたび、聴覚障害者はいちから「耳が聞こえないので、メッセージでのやりとりをお願いしています」と言いなおさなきゃいけない。

本当は全員が平等に参加できるコミュニケーションスタイルを当然の前提とすべきなのだから、「文字チャットで」というのは当然の要求だ。そうはわかっていても、信じていても、「自分さえいなければ、みんなもっとラクに会話できるのにな」と聴覚障害者は思いがちだ。

「すみません」「申し訳ないですが……」。他人と会話を始める際に、毎回そんな気持ちにさせられてしまうのは、聴覚障害者にとって大きな負担になる。

流さんを見ていたら「流とその周辺」というグループを、主にはFacebookのメッセンジャーに立ち上げ、来た人はそこに追加、出た人はそこから削除(しないと、遠方にいてもずっと通知が来まくるからね)しているようだ。

5.文字ではヒソヒソ話ができない

先日の流さんのブログにも「聞こえないからと、目の前で自分の悪口を言われた」という話があった。これは許せない卑怯な振る舞いだが、これを聞いてハッとした。

聴覚障害者はヒソヒソ話ができないのだ。

いや、文字でのやりとりしかしないのだから、むしろ「ヒソヒソ話」し放題なんじゃないの?と思うかもしれないが、文字でのやりとりというのは、これつまり「ログが残り続ける」ということだ。

そのときは会話の自然な流れで、悪気なく、ちょろっと誰かにした言及が、「聞いてよ、前に流さん、俺にこんなメッセージ送ってきてたんだぜ」とスクショ拡散されないとも限らず、その「文脈を変えて伝わる」可能性を考えると、単に1:1の会話であっても気を使ってしまうのではないだろうか。

昨今の若者は「LINEだとスクショされるから大事な話は会って口頭で」などという話も聞いたことがある。「大事な話」や「ここだけの話」は実は文字のほうがしにくかったりする。

6.文字以外の会話がどうしても出てくる

文字での会話がメインだとしても、やっぱりすべてを文字でやりとりするわけではない。音声で流れた分の情報はどうしても聴覚障害者には流れてこない。

ボードゲーム、麻雀、たこ焼きを焼くなど、これは何か作業をしながらの場で特にそうなのだが、手を使っている間は文字を打つことができないので、やはり自然に聴覚障害者はその場の会話から取り残されてしまう。

流さんはブログで、聞こえないので会話が難しいことが多く、だから麻雀などで時間を潰すしかない、ってなことを書いていたが、ぼくはむしろ麻雀と流さんの相性は悪いなーって思った。こたつの上で麻雀やりながら、パソコンでチャットもするって、結構大変だし。

7.「通訳」には実は高度なファシリテーション能力が必要

もちろん、音声での情報も、その都度、誰かが文字化してくれれば、聴覚障害者も会話に取り残されずに済む。いわば「通訳」だが、でも、これが簡単なようでいてそうではない。

議事録の速記じゃあるまいし、まさかすべての会話を全文字起こしするわけにもいかないし、結局「必要な情報を取捨選択して、わかりやすくまとめて流す」能力が「通訳者」には求められる。

また、音声会話を単に文字化するだけじゃダメで、適切なタイミングで「で、流さんはどうなの?」などと「話を振る」なども本来なら必要だろう。単に情報を伝えるだけでは、聴覚障害者が「会話に入れる」ことにはならないからだ。

要するに、文字化による通訳、実は結構ファシリテーションスキルがいるんだよね。そうした人がその場に常にいるとも限らない。

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とまあ、「聴覚障害者とのコミュニケーションの困難」についていろいろと書き綴ってきたわけだけど、じゃあ、これからどうやって上手くコミュニケートしていくか。

課題が多いほうが他方でおもしろいなどとも自分は思ったりする。単に「大変だ」って大変がってばかりいても、聴覚障害者も嫌だろうし、自分も嫌だし、いろいろ試行錯誤して、それがそのまま今後もブログのネタになっていったらいいな、それがまた誰かの役に立てば、他のギークハウスやシェアハウスでも使えるナレッジになっていればと思ってる。


では。