保育園落ちた。の記事を読んで

Facebookから回ってきてとある記事で気になったことがあり自分も全く関係してないと言えないことから障害者である自分なりの見解でまとめたいことがあります。そしてこのことはこれからお子さんを生む予定のある方、あるいは育児中の方にいろいろとご覧になって頂いてほしいのです。(件の日本死ねの記事ではありません

保育園落ちた。盛岡は死ななくていいけど。

上記記事の中身は盛岡市で保育園落ちたこととそれら状況などの情報や考察がまとめてあります。(noteの記事なので将来的に記事の有料化や削除の可能性があるそうで早めに閲覧をしたほうが良いと思います)

で、肝心の気になったことは最後の「保育園って早く預けられた子と預かられたことのない子でなにか精神発達に差があったりするんですかね。何歳で家族以外の社会に触れあうのが人間としてよいのか、みたいな議論って特にないんですかね。」(記事から引用)という内容でした。

これは、結論から言うと

①隠れてる障害の早期発覚

②子どもの成長に影響する

③ロールモデルの発見に繋がりやすい

に関係します。

①現在は新生児マス・スクリーニングという検査法が普及しているため先天性の障害の早期発覚がなっていることもありますが、それでも検査で引っかからなかったりあるいは検査を受けなかったり(検査は義務ではなく任意なので)で後々に障害は発覚することもあります。そして、そうなった場合の隠れてる障害の発覚は知的障害にしろ発達障害にしろ聴覚障害にしろ保育園の担当さんや園長さんが障害のサインを見つけたことによる指摘で気付き病院で検査されて初めて分かることもよくあります。現に自分も聴覚障害の発覚は保育園の担当さんがおかしいと気付き担当さんが親に相談して病院で検査して発覚しました。それは3歳の時に発覚しました。

では、何故、親はそこに気付かないのか?というのが疑問点があるかと思います。まず、親は第1子であるとまずはほとんどの方が初めての育児なので精神的にも肉体的にも一杯一杯で余裕が無い状態にあると思います。そうすると親だけでは障害のサインに気付かないこともあります。あるいは気に留めるだけになることもあります。そしてそのまま気付かずお子さんが成人になって初めて発達障害と判断された方も少なくありません。(それらの背景には親御さんも自分の子は大丈夫だという根拠の無い自信が原因というのもよくありますが)最近は発達障害の認知も広がってきたので親御さんや保育園での担当さんもそのことは気になるでしょう。初めての育児で親御さんも分からないことがありますが保育園での担当さんはそういったお子さんたちをいろいろ見てきている以上、普通の親御さんよりもその障害のサインを見逃しにくいと思います。(もちろん勤続年数や個人の能力にもよりますが)そしてそのサインは単純に保育園の担当さんだけじゃなく育児経験のある大人(親以外)が気付くこともあります。つまり家族以外の社会に触れ合うということで、隠れてる障害が発覚する可能性があるということです。尚、障害の発覚はなるべく早期に発覚したほうが育児面で対応や対策がしやすくなります。逆に成人してから発覚した人は過去にずっとわけもわからずできないことで苦しむことがあり、その苦しんだ時間が長ければ長いほど家族と仲が悪くなりやすくなることもありえるのです。特に親と子で…

②続いての家族以外の社会に触れ合うことで良いことは親御さんもお子さんも他の家族はどうしてるかが分かることだと思います。よく「うちはうち!よそはよそ!」という家族独自のルールって割とありますよね。そしてそのルールに対してうちはこーなのに〇〇ちゃん家はこーなの。何で?」ってお子さんに聞かれることもあるでしょう…つまりお子さんにしろ親御さんにしろ自分の常識や感覚が他人と違うということの認識が出てくるのです。そして子供の成長というのは大人が思っているよりもずっとずっと早いと思います。こういった違いを早期に認識させることで視野が広くなりまた感性が広がることもあり他人の考えや違いを受け入れやすくなると思います。つまりは考え方が柔軟になりやすくなり成長にも繋がることではないかと考えております。

また、幼児期は言語の発達にも大きく影響し、特に2~3歳の頃はかなり大事な時期でもあります。そうするとその時期にいろんな他者と出会い、接することで言語の発達にもつながりやすくなるのです。言語の発達は親にしろ他者である親御さんやお子さんにしろその人達からいろんな言葉を浴びそれらを発音することで成長するのです。しかし、聴覚障害者である自分の立場からで言うと耳が聞こえてないことから言葉を浴びてもしゃべることが正常にできないこともあります。先天性(いわゆる生まれつきのこと)における聴覚障害の発覚は様々ですが1~6歳で発覚することが大半です。上記のことからこれが早く発覚して補聴器をして言葉が聞こえた場合発覚しなくて聞こえなかった場合では相当な差が出る可能性があります。(補聴器の能力にも限界はあり、また個人の聞こえの度合いによって補聴器を利用してもちゃんと言語が発達するとも限らないですが…)つまり隠れてる障害が早期発覚することも影響しているということです。

ロールモデルについて聞きなれない方がいるかと思いますが要はこういう人みたいになりたいという人そのものです。例えば、お子さんからするとお父さんやお母さんみたいになりたいというのがあれば保育園とかの先生みたいな人になりたい。あるいはテレビやネットでの動画に出てくる人みたいになりたいというのがありますよね。そのなりたい人にあてられる人がロールモデルと言います。そしてこれはある程度、無意識でもそういうのが出てくると思います。

しかし、家族や親族だけの付き合いだけですとロールモデルにおける視野も狭く、考え方とかも偏りなりやすくなる可能性もあります。またロールモデルは無意識でも出てくることがあり、そのロールモデルとのギャップを苦悩に感じることもあり無意識故にそのギャップが苦しみの原因に気付かないこともあります。例えば発達障害の方が健常者である人をロールモデルにしたとします。しかし発達障害の方は症状によりできないこともいろいろあり、そのギャップに苦しむこともあります。同じように聴覚障害者であるお子さんも周りは大半が聞こえてる健聴者でもあるためいつか自分も大きくなれば周りの大人のように聞こえるようになるんだと思い込んでるお子さんも割といます。

ロールモデルを持つことは考え方や行動が模範となるためどうしてもそのギャップに苦しみやすいデメリットがあり、特に障害者と健常者ではそのギャップが大きいのです。そしてそのギャップの大きさが後に自分自身を傷つけることになりアイデンティティの崩壊にもつながりやすくなるのです。仮にお子さんが発達にしろ聴覚にしろ障害が発覚して周りが健常者だけだったらどうなるか分かりますか?心の中は相当な孤独なのです。いくら親と子でも障害者と健常者の世界観の違いというのは分かり合えないものなのです。それこそが社会にも障害があると言われてる所以でもあります。

ロールモデルを持つことで自分とモデルの人とのギャップや同じようになれるところをどう受け止めるかが大事であり、そのロールモデルの選択肢は広いに越したことは無いと思います。最終的に本人がどうなるかはそのロールモデルの良いところ悪いところの断捨離も含め本人次第ですが周囲に全く影響されないことも忘れないでください。そして、障害者であった場合の子はなるべく同じ障害者であるロールモデルを見つけるだけじゃなくいろんな方と接してあげてください。他人と世界観が違うというギャップを受け入れるのはそうそう簡単ではありません。そしてそれらが障害認識にも繋がりそれを早期にできないと後々までそのギャップのせいで苦しみが続くのです。いや障害の有無に関わらず早期から他者との他者とのギャップを受けることで視野や感性が豊かになるのではないかと思うのです。

以上、長くなりましたがこれらはあくまでも自分は育児はしたことないので説得力は無いかもしれませんが障害者である自分の立場で障害者の教育や心理学をいろいろ考えた上での見解です。まとめると幼児期の早期にいろんな人と関わることは障害の早期発覚他者とのギャップの受け入れによる視野や感性の成長に繋がりやすいのではないかと考えているということです。そして子供の成長は大人が思っているよりも早いのでそれを早く始めるに越したことは無いのではって思うのです。

保育園落ちた。というのは何も健常者だけじゃなく障害者にも影響があり、最近、施行された障害者差別解消法が出てもまだまだ問題が山積みなのです。それは教育や社会にも問題が多くあり、障害は個人だけじゃなく社会にも障害があることなのです。そしてそのことが障害者の社会進出を阻み、更には周囲の無知や認識の違いを生み、自分みたいに親と縁を切りたいと願う障害者が出てくるのです。

願わくば障害者の子も健常者の子にも幸があり親御さんの心も休まることを…

では。

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