見えない、見えにくい

こんにちは 流です。

聴覚障害における問題というのはいろいろとありますが

その中でも通ずるものはとにかく見えない、見えにくいということになります。

聴覚なのに?何言ってんだこいつと思われるかもしれませんがとにかく見えない、見えにくいのです。

というのは聴覚障害者は他の障害(内部障害を除く)に比べて障害者に見られにくいのです。

先日、初対面の方と話すことがあり、やはりこのことを言われました。

その時は自分がしゃべることができ、相手の口を見た上で会話をしたからです。

しかし、口を見て言葉を理解する読唇術は実は1~2割しか分からないのです。

これについては後日詳しく説明します。

やはりしゃべることができると聴覚障害者に見られにくいのです。

何故かというと人の話す声というのは人から聞こえて始めてそれを声に出せるのです。

なので発声がはっきりしてる人は聞こえてたということなんですね。

まぁ、4年前に悪化して全く聞こえなくなったのですがね。(それまでは補聴器を使えばある程度は聞こえてました。ある程度はね)

障害者に見えない、見えにくい⇒適切なサポートを受けられないということがなります。

また、障害の度合いが見えない、見えにくい。

これは聴覚の障害はどのくらい聞こえてるのか?ということです。

当然ながら聞こえの度合いはどのくらいの早さ、大きさ、明瞭な声で聞こえるかなので目で見えるもんではないです。(病院での診察とかでやる検査は別ですが)

さらに言うと聴覚障害は個人差が他の障害よりもかなり大きく多種多様なのでこの人はこのくらいだろうと思っても別な人はその人と全然度合いが違うことも多々あります。

なので見ただけでは障害がどのくらいあるのか分からないのです。つまり見えないのです。

そして聞こえないことによる二次障害、さらにはそこから来る心理的な影響も見えにくいのです。

これらの問題の詳細も後日載せます。

障害が外から見えにくい、障害の度合いが見えない⇒適切なサポートを受けにくい

聞こえないことで起きる問題も見えにくい⇒周囲に理解されにくく解決しにくい

心理的な影響も見えにくい⇒周囲に理解されにくく人間関係や人格にまで影響を与える

聴覚障害が何故理解されないのかは様々な問題が見えなく、あるいは見えにくくなっておりまた厄介だからなんです。

また聴覚障害者自身がそこをちゃんと理解してる人がそれほど多くなく周囲にうまく伝えられないこともあり未だ聴覚障害に対する理解というのはまだまだ進んでないと思います。

現に聴覚障害の問題や現実は本人や家族が思ってるよりも潜在的で厄介で問題が発覚した時は大体が手遅れ状態になっており、家族とも縁を切りたいと思う人もおり、自分もそうなりました。(勿論、家族や友人とも友好な関係を築いてる聴覚障害者もいますが裏ではだいぶ苦労されてきたと思います)

とにかく聴覚障害における問題は見えない、見えにくいことです。

今後、少しずつそういう問題を上げていきます。

では。